日本の滅び方

人口、通貨、住宅の限界点はどこか

日本の物価が上がらないわけ

 コロナショック以降、供給網の混乱や多額の財政出動、エネルギー不安などを背景に、米欧でのインフレが、近年まれにみる水準にまで高まった。そのため、相変わらず低空飛行を維持する日本国内の物価動向が取り沙汰されており、そこでは「賃金が上がらないから、物価も上がらない」という共通認識が生まれつつあるようだ。

 ただし、コロナ前までの議論を振り返ると「日本の物価が上がらない理由」として「日本は住宅や公共サービスの価格上昇率が低い。財(モノ)の価格の上昇率は、米欧と比べても低くない」と解説されることが多い。

 住宅価格が上がらない理由は、人口減少と住宅政策の失敗による住宅の需給バランスの歪み、新築信仰や戸建て住宅の資産性の欠如などがよく挙げられる。一方で、消費者物価指数を構成する「持ち家帰属家賃」の算定方法に問題があり、住宅価格上昇の実態が反映されていないという指摘も。

 公共サービスのインフレについては、最近の欧米での急激な電気料金・ガス料金の値上がりをみると明白だが、日本と違い消費者への価格転嫁が直接的である。米国では従前から問題視されている医療費や学費の上昇もある。一方、日本では携帯通信料の「官製値下げ」などの事例に象徴されるように、いちいち政府が介入して公共サービス価格を抑え込む姿勢が強い。

 したがって、仮に企業が賃上げに前向きになると物価が上がっていくかといえば、かなり微妙である。世帯収入が増えれば住宅の購入予算も増えるだろうが、そもそもの人口減少や新築信仰という問題は解決しない。公共料金の抑制も突き詰めれば政治文化の話であり、賃上げだけで解消するものではないだろう。

 もちろん、この10年の日本の経験を振り返れば明白なとおり「物価が上がらない」ことそれ自体は、まったく本質的な議論ではない。物価が上がろうが上がるまいが関係なく、とにかく実質賃金が上がるのがよいことなのであり、その点の異論の余地はない。

 

 

国内住宅価格の長期推移

2012年末以降、マンション指数が大きく上昇したのに対し、戸建て住宅指数はコロナ前まで横ばいで推移した。この傾向は東京に限っても同様。大規模金融緩和による押上げ効果は、資産性の高いマンションに集中して現れた。

 

こちらは「首都圏の中古マンション」成約価格情報に基づく指数。90年代の下落が激しいのでリーマンショック前のピーク(07年10月)から直近(22年2月)に区切って比較すると、指数上昇率は首都圏全体で+21.4%。そのうち、東京+26.5%、神奈川+16.5%、千葉+4.1%、埼玉+16.7%。



 

文献メモ:少子化対策は20歳代向けが重要(2017年2月 みずほ総合研究所)

少子化対策は20歳代向けが重要(2017年2月 みずほ総合研究所

https://www.mizuho-rt.co.jp/publication/mhri/research/pdf/insight/pl170214.pdf

#要旨

・一般にメディアで広く報道される「出生率」は毎年の「期間合計特殊出生率」を指しており、これは「その1年の15~49歳女性の年齢別出生率の合計」である。

・一方、「コーホート合計特殊出生率」は、「各世代の女性の15~49歳の年齢別出生率の合計」を指す。

・「期間合計特殊出生率」の変動は、一時的な出生力の変動要因=テンポ(tempo)要因の影響を受けやすく、解釈には注意が必要である。

・「コーホート合計特殊出生率」は、長期的な出生力の変動要因=カンタム(quantum)要因を分析するのに適しているが、毎年判明するのが新たに50歳に達した1世代のみであって、最新の出生動向を推定する情報にはならないため、メディアではあまり取り上げられない。

・「コーホート合計特殊出生率」は1954年生れまで概ね2前後で推移していたが、その後、長期的な低下トレンドに入り、1964年生れの女性では1.66である。

・1965年生れ以降の女性の「コーホート合計特殊出生率」は(本レポート執筆時点では)未判明だが、現在までの累積出生率を合計することで、その後の動向をある程度推定できる。

・1966年の丙午による急変動を除くと、1973年生れまでは低下傾向が続き、1974年生れ以降は、わずかながら上昇に転じている。上昇の理由は、1974年生れ以降では30代での出生数が増える傾向があるからである。

・「期間合計特殊出生率」は、2005年(1.26)を底に2015年(1.46)まで緩やかに回復したが、この背景には、30歳代女性における出生率上昇がある。

・とはいえ、上昇の兆しが認められるのは1974~1979年生れまでであり、1980年生れ以降の判明分のデータをみると、前の世代を下回る兆しがある。

・諸外国と比較した日本の低出生の原因は、むしろ20歳代女性の出生率の低さにあり、政策的なアプローチはこの世代に焦点を当てるべきである。

・女子の大学進学率が上昇し、四年制大学を卒業後、就職をするというライフコースが一般化したため、全体として晩婚化の傾向が定着した。このライフコースだと20歳代での出産機会を増やすことは困難である。

・20歳代女性の出生率を引き上げるには、高校卒業後に出産・育児を経て、それから本格的なキャリアを始めるなど、ライフコースの選択肢を多様化させるための議論が必要である。

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#メモ

日本では、1970年代半ばから長年低下し続けてきた期間出生率が2005年にいったん底打ちし、2006年~2015年にかけて期間出生率の緩やかな回復が見られた(2005年:1.26→1.46)。しかしその後、回復は頭打ちとなり、2020年には1.34まで再低下している。

この背景は何か。女性の初婚年齢は、1990年代~2000年代に大きく上昇した(1990年には26歳であったのが、2010年には29歳に)。1990年代~2000年代は、女子の四年制大学進学率が大きく上昇した時期でもあり、女性の高学歴化がそのまま晩婚化につながった格好となっている。

この時期の初婚年齢の上昇により、出産機会の多くが20歳代から30歳代に後ろ倒しになった。これが2006年~2015年の期間出生率回復を演出した。これはあくまで一時的な上昇要因(テンポ効果)だったので、2016年以降は出生率回復が止まり、現在に至っている。

 

日本滅亡の議論

1)人口減少はもはや止められないという前提

・人口置換水準までの出生率引き上げは無理筋であり、現行水準のTFR1.3-1.4を長期的に維持できるかさえ疑問符が付く

・積極的な移民政策への転換は政治的に不可能であり、仮に舵を切りうるとしてもすでに遅すぎる

・したがって、現在の急速な少子化(TFR1.4の場合、世代交代2回で半減)は少なくとも今世紀後半までは続く

2)~2030年代:経済の途上国化

・人口減少に伴って貨幣需要が構造的に縮小することから、今後も実質ベースでの円の減価が止まらない。民間の資本逃避が続く

・一方で、高齢化によるリスク忌避と強固な持ち家志向により、家計資産は円建ての預貯金・不動産(円の檻)から逃げ出せない

・そのため、2030年代まではおそらく財政破綻を免れ、新興国におけるようなインフレの高進は経験しない

・2030年代にかけて所得水準が米国の1/4以下、欧州先進国の1/3以下まで低下し、事実上の途上国化が進む

3)2040年代:家計資本流出財政破綻

・2040年代に入ると、日本最後の人口塊である団塊ジュニア世代が後期高齢者に差し掛かり、不要になった住宅が市場に放出される

・後続の人口塊が存在しないため、住宅市場の歪みが極端化し、資産性を維持できる住宅が急減する

・子世代に相続ないし贈与された円建ての預貯金・不動産を外貨に換える流れが加速(円の檻の崩壊)、家計の資本逃避が本格化する

・資本移動規制が実施され、インフレは高進する。事実上の財政破綻を迎える

4)2050年代:限界国家化

・高齢化率4割、年齢中央値60歳に迫り、国全体が「夕張」化する。最新の出生率や結婚件数の動向をみる限り、社人研の現行予測よりさらに深刻な少子高齢化に直面する可能性が高い。

・緊縮財政による増税と行政サービス削減を受け、富裕層、高度専門職、若年層の国外流出が止まらず、人口減少と経済悪化のスパイラルが続く

・国家としての人口学的な持続可能性を喪失すると、債務の先送りも不可能になるので、国債・通貨は当然に価値を失う

自治体の破綻とは異なり年金制度の崩壊を伴うため、公共セクターも維持不可能になる。国家は瓦解する